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もうね、知りません。
どうでもいいです。なんかいろんな汚れをとりあえずブチマケときます。

これはもう、ある種のお笑いグサとして、どこぞの誰かがほんのちょこっと記憶にとどめておいてくれればいいような、そんな程度のものだ。
まあ、ある種の遺書めいたものだ。
いや、別にそうやすやすと死にやしねーけどな。

うん。もううんざりしてます。
いや、所詮僕は落伍者なんですよ。そんなの分かりきったことじゃないですか。もう飽き飽きしてるんですよ、お前はゴミだといわれることにね。もうだって知ってるんだもん。だったらゴミに構うなよと。そんなゴミにイチイチちょっかい出してくるお前らは一体いかほどのものなんだよ、と。

そうですね、ええ、だいぶ僕は自意識過剰です。
正直、自分が可愛いのでしょう。でも実際問題、自分以上に可愛いものなんてない。いや、あえて言うなら、自分が直面し、接し、自分に対して唯一絶対的な世界を“自己”と認識するのであれば、どんな人間でも“自らの領分”には甘くなってしまうわけです。甘やかしたくなるわけです。身内に甘く、戸外に冷たくと同じ原理なわけです。所詮この世の誰もが利己的な我が身可愛さで生きているのです。
ええ、それも屁理屈だとしっています。
でも僕にはそんな屁理屈を覆してくれるような、絶対的な何かに接することができた経験はない。信仰に値する何かに、お目にかかったことはない。あれですよ、もうすでに生きることに信念を見出せていないんですよ、だってもうどこかで終わっちゃってるんだから。ぞっとしないね。

こんなメンヘラなことを書けばきっと僕の身近な人間はまたイラっとしたり、あるいは気の優しい人は悶々としたり、あるいは“あー、またあいつダウナー入ってるよ”と思うかもしれない。うん、所詮そんなもんだ。その程度のもんだ。まあ、それで回りの気分を害していたりするから最悪なのだが、それでも何もいえずに呼吸もできなくなり、沈降していくだけよりはいくらかましかなとも思っている。
うん、だって俺が友達や仲間のことをどこまでも理解できないのと同様に、誰も俺のことなんて分かりやしないじゃない?まあ、こんなシンジなことをいい始めたらどこまでも不毛な消耗戦が続くだけなんだけどね。

うん、俺はきっと誰にも理解されないんだ。
この感覚はきっと誰にも分からないだろうし、俺は俺で誰かのことを理解しようとは心底からは思っていないのかもしれない。
人として、どこか破綻しているんですね、もう。

同情はどこまでいっても他人事でしかない。
それは身内だろうとなんだろうと結局は同じで、必ず目下に対する目線で思考が働いている。
『俺はお前のことをこんなに考えているのに』という発言の根底には、結局その程度の自己満足しかありはしないのです。

いってしまえば、俺のオナニーのいいところ、お前に分かるわけないだろう?という理論です。で、まあそれは往々にして今この酔っ払っている小生にも通ずるわけで。

あれですよ、あれ。
もう俺は端から負けてるんですよ、そんなの知ってるんですよ。イチイチ力んだりするのがイヤなんですよ、イラつくしね、まあそんなちんけなクソプライドしか持ち合わせていないうえに、そんなプライドでさえ守りたがる自意識過剰人間なわけなんですが。

そのうち思いつきで飛び降りたりするのがオチなんだって。
自殺はあれだ、今度から自慰死と呼ぼう。
そうすればきっと厚生省も気にせずに済む。
美徳なんて知ったこっちゃない、所詮それだってオナニーに酔いしれてるのと変わりやしねーんだから。

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耳元で 轟々と 音が聞こえるわけではないが
淡々と 着実に 流されるままの気がしないでもない
切り取られた景色はどれも皆眩しく
どこか遠くの出来事のようである
主体性がないという そんな日々の現われか
息継ぎするだけで精一杯といえば
まあ そこに嘘はなかろうが
すがるな ふんばれ 孤独に歩め と
身を奮わせんとするのも そろそろ限界か

Am7よりも 実はGのほうが悲しげな響きではないのか
嘯く透明感に 廃墟の心を見たように
ふと思う そんな今日この頃です
05.22 (Tue) 21:41 [ 茫洋文 ] CM0. TB0. TOP▲
  
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