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現実を生きているはずなのに、なぜだかとても現実感がない。
軽い酩酊感、倦怠感。ぼんやりとした不安。
自分の眼にうつる現実が真実ではないかもしれないという気分。
自分という存在が、既にそうした虚構の上に成り立つ現実を生きているという事実。
たかだか一介の人間風情に、世界のありのままを全て眼にすることなどできはしない。そんなことは分かっているのだけれど。
分かっていても、この気持ち悪さはどこまでも拭えやしない。

僕のいる世界は全て綺麗事でできている。
喜びも悲しみも幸せも嘘も愛情も平和も正義も真実も、全てが茶番を土台にしてある虚構で、僕はそんな誰かが書いたフィクションを生きる虚構のキャストでしかないのだ。

政治が気持ち悪いなんてことはとっくに知っていた。
戦争に正義も悪もないことなんて周知の事実だと思っていた。
けれどもそうして何度も裏切られ、その度に人々は自分自身の間違いを美辞麗句で飾って誤魔化し、自身を正当化することしかしない。

全て世の中は綺麗事と茶番でできている。
そんな世界では生きる人々なら、茶番を演じて生きていくしかないのだ。



ああ、エクソダスの渇望。
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11.27 (Mon) 22:51 [ 茫洋文 ] CM0. TOP▲
 ピンからキリまであるギャルゲーの選択肢を、いちいちセーブもせずに当てずっぽうにこなしていくようなもので。

 そんなよく有り触れた隠喩表現+エロなことを考えてばかりの自分はつまり、迷ってしまっているのだと分かる。

 迷う。
 惑う。
 この星に生きる人は、惑星人。

「星ニテ惑フ人」

 いや、人生なんて所詮無味乾燥な取るに足らない何かの積み重ねです。
 そんな人生に何かしらの意味を見出そうとする人類の愚かしさは、僕にいたって見ても分かるとおり、ちっとも変わっていない。懲りていない。
 そんな無味乾燥に風流を見出そうなんていう文化でさえあるというのだから、所詮この世はデカダンスなわけなのだが。

 いい加減、このデカダンにも飽きているんだよ。
 そろそろハイにいきたいと思ったりもする。
 でも、それが起こらないことも知っている。
 人生があるかないかの取るに足らないようなものの積み重ねでしかないのだから、そんな急激な上昇が僕の人生に起こるわけがない。

 そんな思考にこそ、このデカダンな人生の悲しさがある。

 ああ、僕はただよりよくいきたいだけなのに。

 どうやら僕は、僕一人だけがどこかに取り残されていることに気づく。

 俺はここにいるぞ、と叫びながら、その声がどこの誰にも届かないと知っている。

 それでも叫ばないといきていけないのだけれど。



 そして、僕の人生に急激な上昇はきっと起こらないと知る。

11.27 (Mon) 03:36 [ 茫洋文 ] CM0. TOP▲
 やはり、太平洋をのぞむ相模湾側の海って、水質的にもぜんぜん違う気がした。
 水が澄んでいるし、リアス式で複雑な海岸線が、変化があってやはり釣りには楽しいのだと思う。
 まあ今回も基本的なスタンスがアウェイだったので、ゲドウ戦記だったんですけどね。
 初めてクロダイを釣っている人を真近で目撃したし、必然的にそのあたりのポイントも知れたし。

 うーん、どんどんドツボにはまっていきそうです。



 そうそう、ようつべ動画が日に1000ぺタペースで刻んでいただけているのは、ひとえに涼宮閣下の御威光があったればこそです。

http://www.youtube.com/watch?v=k80Zv9JTOIQ

 びば、青春。
 僕にも青春様が降ってきて欲しい。。。
11.02 (Thu) 21:08 [ 釣行 ] CM0. TOP▲
 そうだよ、世の中なんて所詮不平等のよせあつめなんだ。
 と、一冊のぺらぺらに薄い文庫本を、それに見合わないような長い時間をかけて読み終えつつある僕は、すっからかんの頭でそう改めて悟る。
 それが一体誰の、どこから見た、どういった観念からある視点なのかを考えることもなく、安易なヒューマニズム的観点から反アメリカ、親中近東になろうとする僕は確かに愚かしい。そーゆうのをオリエンタリズムというのだと、ついこないだ習ったばかりじゃないか、ああ全く、愚かしい。愚かしいが、どうやらすっからかんの僕の中にある、このすっからかんをみたしているもやもやを謎解くには、どうやらそれは不確かながらある手がかりになりそうだ、そんな気がする(いや或いはそう信じることでもやもやをごまかそうとしている気もする)。
 安易に世界平和を訴えたり口にしたりしたくなる瞬間はある。
 けれども同時にそれが欺瞞だと気づく。それをいうお前の今いるそこは、一体なんなのかと。お前は今、一体なんなのかと。
 人間は相対的かつ絶対的な感覚を持つ生き物だから、自分が幸福であるとか不幸であるとかいった状況にイマイチ気づくことができない。
 僕にいる世界は充分に平和だ。道を歩いていて突然巡航ミサイルが降ってくることはない。誰かが無意味に人を殺せば、その人を殺した人物は大抵罪人と看做され、法によって捌きを受けさせられ、そうした危機から僕は守られて生きている。けれどもそれを、そんな有難さを当たり前のことと思っていれば、ちょっとした些細なことで「ああなんて不幸なんだ僕は」とか凹んでしまうのが僕でもある。人間とはそんな生き物だ。世界平和はある気がする、でもない気もする。実際には、たまたま日本という経済的に豊かな国に生まれたがために僕は相対的には平和であり、幸福なのである、ということであって、それって世界の水準からすれば、どれくらいレギュラーなことなのだろうか、という話である。うん、ぜんぜんレギュラーじゃなかろう、きっと。それなのに「ああなんて不幸なんだ僕は」と呟く僕のなんという愚かなこと。そういう世界に憤り、そういう自分に憤り、世界平和を叫びたいが、周りからすれば「お前が言えたことか」というのがホンネのような気がして何も言葉を口にすることができず、ただただ僕にできることといえば、せいぜいが喉から声をガラガラと絞って叫ぶことくらいしかできない(いや、叫ぶと叫ぶで時間的に近所迷惑なもんだから、悲しくなってヤケッパチでこんな乱文書いてるんだけどさ)。



 21世紀なんだぞー。
 夢の時代じゃなかったのかよー、なんだよこの現実感のないような現実感はよー。
 宇宙世紀なんて嘘じゃないか、戦争なんかなくなってないじゃないか、欧米人はふんぞり返ってるし、中近東や東南アジアやアフリカ南米はいまだにそのファームだし、核兵器はどんどん世界に拡散していくし、日本は相変わらず見えざる言えざる聞けざるだし、俺は俺でこんなグズだし、そんな世界の反対側では冬を越せずに赤ん坊がどんどん凍死したり餓死したり、そんなすぐかたわらで衣食住もしっかりしてるのに毎日死にたい死にたいいってるようなバカもいるし、なんかおかしいぞー、おかしいんだよー、おかしいんだってば!!



 ……しかし乱文って、正直読む人にとってはたまったもんじゃない。
  
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