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 現在、文学座付属演劇研究所の研修科に所属している先輩がいる。
 大学の演劇サークルで知り合った女の先輩なのだが、この人がまたえらく芝居馬鹿である。

 なんというかもう、カッコいい。

 演劇に臨む姿勢が、いい。真似たい、学びたいと何度も思ったものだが、なかなかそう簡単に本質の一部を盗み出せるものでも、ましてや追いつけるものでもなく、ただただ垣根越しというか、いやそもそも俺とあの先輩は同じ垣根同士でつながっていたのか?と思うほどで、ただただ脱帽である。

 本日は、その先輩が出演する文学座研修科の方々の発表会公演「天保十二年のシェイクスピア」を、たまたま地元に帰省していた友人とともに観てきた。


 ちなみに文学座はこんなところ。

 [文学座]


 江守徹とか橋爪功とか桃井かおりとか松田優作とか、あとはちょっとヲタ入った人には白鳥哲がいる(いた)ところだというと分かるだろうか。


 総武線の信濃町駅で降りる。

 慶應病院、慶應医学部、東京電力病院。駅前からの通りに面した街のつくりはどことなく目白と似ているような気がする。と、そうした道のりを駅から少し歩いた場所にある、一見すると古ぼけた日本家屋、あるいは柔武術の道場のような作りの、こぢんまりとした平屋の建物。大通りからは一本入るが、確かにそこには「文学座」の看板がある。

 文学座アトリエ。

 いや、俺こんなところそもそも来たことなんてねーから、ちょっと独特な門構えとかに最初からビビリました(汗。


 ちなみに信濃町駅周辺、“青と黄色と赤”の会が、そこはかとなく色々な企業、施設、店舗の趣を彩っておりまして、なんというか、ちょっといろんな意味でアウェイな感じでしたww


 戯曲“天保十二年のシェイクスピア”は、そもそもあのお芝居でえらく有名な蜷川氏が最近やっているのでも知られるあれだが、ちょこちょこといろんな人達(上川隆也、唐沢寿明、藤原竜也、篠原涼子etc.etc)が出演したり、或いは色んな演出家が演出したりしており、色んなところでやっているっぽい。

 とはいうものの、それはどうやらふいやんの浅知恵だったようで、どうやら上演時間が長い都合上、あまり公演される機会はなかったようでもある。これはたぶんに近年蜷川芝居が人気を博していて、やたらとプレビューされることになったからかもしれないが、おかげで何だか知ったかぶり爆発である(失笑。でもかっこつけずに訂正も削除もせずに、厚顔無恥にそのままにしておこう)。ちなみに初演は1974年(出口典雄演出)で、2002年には(いのうえひでのり演出・この時に上川隆也や阿部サダヲ、沢口靖子らが出演)、2005年(蜷川幸雄演出・こっちに唐沢寿明、藤原竜也、篠原涼子などなど)にも上演されている※。

天保十二年のシェイクスピア - goo Wikipedia (ウィキペディア) 記事検索より。


 脚本はシェイクスピアの戯曲をいくつか同時に練りこんでいたりして非常にうまく出来ていると思うし、そのシェイクスピア劇が“天保十二年”という時代設定のもと、浪花節でヤクザ活劇な講談『天保水滸伝』とミックスされた和製劇に上手く翻訳されている。ところどころに“幕兵衛”とか“三世次”とか“よだれ牛の紋太”とか、分かる人にはわかるシェイクスピアなキーワードがちりばめられており、芝居を見ながら「あー、あれはこれか」とか「おーあんたはやつか、そう絡ませるか」とかいった発見がある。もちろん、そんな知識やウンチクを知らない人が見ても、十二分に楽しめる作品だと思う。


 でね、やべーんですよ。

 いっしょに来ていた友人とともに、爆笑の渦に若干飲み込まれた前半。


「水門を開け」

「畑を耕せ」

「種をまけ」

「人足寄せ場で鍛えたこの俺の棒さばきを~(云々)」


 …気になる人は、ぜひ舞台か舞台を収録したDVDなんかを見てください(笑。


 役者ってすごいわね。やー、何年かぶりの衝撃を受けました。だって、あんなに綺麗なのに、カッコいいのにねー…という(『…』は想像してください。


 今回観た舞台は、前後半にわたり歌や楽器の演奏が舞台全体の雰囲気を非常に上手く作っていたと思う。キャストの演技は皆つねにアクティブだし、いや、そもそもみんな上手い(文学座の研修生だし、当たり前っちゃ当たり前なのかもだけれど)。なんというか、見ていてほんのちょっと気を抜くと、彼等のパワーに負けるような気がするほどである。また、場転の際の置き道具の変化とか、時折ものすごく「いやーん」なシーンを作り出す空間作りとか、ああいうものもあそこまで作り上げると、なんかもう画期的というか、眉唾物というか、驚きの連続である。やーだって障子の影であんなことやこんなことや…なシーンの作りかたったらもう、あれ以上すごいものはないんだもの。舞台に出てるわけでもないのに観客席で感じるものとは違うドギマギ感を覚えた理由は、今回ふいやんが座った二階席から、舞台で繰り広げられる障子越しの塗ればの真相がなんとなく見えたり、見えなかったりしたためであるww


 全体的な印象をいわせてもらえば、前半が非常によく練られていてまばたきしちゃいけない感じ(笑。
 後半になると、前半と主要登場人物の数が変わってしまうので静かな印象で、ちょっと間延びしたような印象があったか。前後半で3時間という長丁場にしては、でもかなり良い形にまとまっていたんじゃないかと思う。最初にあげた出口典雄演出の初演の時などは4時間半もかかり、終電を気にして帰る客などもいたほどらしいからねww

 あとは、これはごく個人的な感想なんだけれども、今のことに合わせていうと、後半はシェイクスピアのある戯曲一本だけ(リチャード三世だったか)がベースになっていたようので、やはり前半のような混沌とした中でのめまぐるしさのようなものがなく、淡々と、ある種“動の後の静”といった具合に静かな物語進行になってしまったように思う。これには俺が一時期色々シェイクスピア読み漁っていて、ある程度主要な悲劇の脚本を知ってしまっていることもあったとは思うのだが。やっぱり分かってしまうストーリー展開で、少々、一人で飽きてしまっていたのだろうか。。。もちろんところどころで面白かったり、笑える要素はあるんだけれど、うーん、、、むずかしいところかしら。




 とまあ、色々いってまいりましたが、良かったです。

 非常に良かったです。

 メインキャストは、やはりここぞという時の見せ場が凄いし、とにかくみんな、やたらと動く。これが若さですか、研修生の若さですかっ、若さゆえの過ちというやつですかっ?!

 あれだけ動けて歌えて踊れて喋れて、やってる最中の疲労困憊ぶりったらきっときついかもしれないけど、ゼッテー楽しいだろうなww


 しかも今回、研修科所属の研修生による“研修科発表会”ということで、タダで見せてもらったので。ええ、ケチケチ貧乏のふいやん、ご満悦です(うわわっww

 そして、帰りがけにアトリエ裏で黙々と煙を呑みながらたたずんでいる江守徹大先生を見て「うお江守だー」とミーハー根性ww

 よくよく考えると、その先輩の卒業公演の時にも、下北沢の小屋の正面にあった喫茶店から江守徹が出てきて「なんだシェイクスピアやってんのか、お前らどこの団体だ?」とかいった感じのからみがあったりしたんだよな。。。




 自分のいたサークルの先輩が頑張ってやり抜いてきた証みたいなものを、ちょろーんと見せてもらったような気がします。筆舌尽くしがたし、非常に言葉が足りないかもしれないけれど、凄いなあみんな、と思素直に感動。




 あらためてこの場をお借りして、

 おようさん、ありがとー!!


 まだまだあと少し、頑張って。




 …でもでも、何年かぶりの第一声が「最近釣ってるらしいじゃないのー」って、露骨にミクシぃですよ、それww

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10.01 (Sun) 03:22 [ 芝居 ] CM0. TOP▲
  
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